みなさん、こんにちは(*^▽^*)
爆速ネットは相変わらず不通で困っています(*´ω`*)
プロバイダーに問い合わせたら、支払いが確認されたのでアクティブになっているとな。
でも繋がらないので訊いているのですが、なしのつぶてです( ノД`)シクシク…
さて、そんな状況なので、写真をあげての投稿は無理です。
それで、今週のお題「会いたい人」について書いてみようと思います。
私がいま会いたい人は、私にハングルを教えてくれた韓国人の友達です。
私は今から20年前にオーストラリアのゴールドコーストにワーホリで滞在していました。
行った当初は、多くのワーホリで来た人同様に語学学校に通っていました。
ある月曜日に、私のクラスにひとりの韓国人が入って来ました。
その当時の私は韓国語は分かりませんでしたので、その韓国人H君とも英語で話していました。
そんなある日、レッスンが終わって教室を出るとH君が別のクラスの韓国人と親しげに話しているのを見かけました。
それ以降も、よく二人が一緒にいるのを見かけていました。
その後、ある日のことです。
H君から「僕のいとこが日本語を教えて欲しいって言っているんだけど相手してやってくれない?」と申し出がありました。
私が通っていた語学学校は日本人留学生がほとんどだったので日本人はたくさんいました。
そんな中で、同じクラスでもなければ面識もない韓国人から日本語の話相手としてなぜか私が指名されたんです💦
H君のいとこのC君は、その語学学校では一番上のクラスで英語が凄くできる人でした。
後から知ったのですが、実は彼は韓国では超エリート大学として有名な韓国科学技術院の学生でした( ゚Д゚)
英語が凄くうまいので、ひょっとして韓国では英語を専攻しているのかと思いきや、理系のエリート大学生だったんですよ。
英語を専攻していた私は立場ないわ・・・って恥ずかしかったです。
さて、語学学校での授業が午後3時くらいまででした。
その後、私とC君は平日は毎日会って、私が彼の日本語の相手をしました。
彼はもう既に中級レベルくらいの知識はあって話すことも簡単なことはできるレベルでした。
そんなふうにしていたある日、私はふと彼に頼んでみました。
「私にとりあえずハングルだけ教えてくれない?」
彼は快諾してくれ、さっそく私のノートにハングルをお手本で書いてくれました。
ㄱㄴㄷㄹㅁㅂㅅㅇㅈㅊㅋㅌㅍㅎ
ひとまずこれを覚えるように言われたので、私は学校から帰ると何度も書いて練習しました。
今でも良く覚えているのですが、途中から私の友達も一緒に習い始めふたりで競うように勉強していましたね。
なので、英語の勉強はせずにハングルの勉強ばっかりしていました(;^ω^)
こんな具合にハングルを少しずつ覚え、1週間ほどでハングルは覚えました。
その後少し文法も習い始めましたが、日本語とすごく似ているので理解はすぐにできました。
語学学校を卒業してからも、このC君とはしばらく友達付き合いがありました。
と言うのも、その頃私はホームステイを出て既にシェア生活をしていましたが、良く友達の家に転がり込んでいました。
その友達のところに、このC君も居候をしていたんです。
貧乏学生でお金がなかったらしく、私の女友達4人が住むコンドミニアムのリビングで暮らしていました。
お互いに帰国した後は一度だけソウルで会いました。
その後はすっかり連絡が途絶え、会わずに20年経ちました。
20年前はC君が英語がうまかったので英語と簡単な日本語でコミュニケーションを取っていました。
でも、いまなら韓国語で彼とは問題なく話すことができます。
実は、このC君に会いたいな~と過去に一度すごく思った時がありました。
それは私が韓国語能力試験の6級に合格した時です。
韓国語は全く分からずハングルから勉強を始めた自分が、韓国語能力試験の最上級に合格して自分の目標を達成したその時です。
20年前に彼からハングルを習わなかったならいまの私はありません。
すべての始まりは彼に習ったハングルです。
もちろん、その後に韓国語を何が何でもできるようになってやる!と思った負のパワーが原動力になったのは間違いないです。
でも、そういう事件?に遭ったのも韓国語に出会ったからです。
おかげさまで、韓国語ができるようになり私の人生は大きく変わりました。
韓国語を習っていた立場から教える立場になり、多くの新しい出会いにも恵まれました。
私がそうであったように、韓国語を学んで何かをしたいとか新しい可能性を手に入れたい人をサポートすることが私の次のステージでの目標です。
いまの私になるきっかけをくれたC君にまたもう一度会えるなら、韓国語でお礼を言いたいです。
오빠야,정말 고마워!!!(*´▽`*)